怒りという感情をコントロールしたい時に読む仏教の教え

日々を過ごしていくと楽しいことも沢山ありますが、どうしても意に反してしまう出来事がありますよね。

そんな時に生まれやすい感情が「怒り」ですが、感情のまま怒ってしまうと状況がさらに悪化してしまうというのは誰でも見に覚えがあるかと思います。

しかも自分だけで地団太踏むならまだしも、家族内や仕事などで怒りをむき出しにしてしまうと周りにも迷惑をかけることになりますよね。

なので「怒り」という感情が生まれそうになる時、なんとか押さえ込んで我慢し物事を良い方向にもっていきたいと思うところなのですが、なかなかどうしてうまく気がおさまってくれない。

結局はなんかの弾みに怒りが爆発してしまい自分が望まない結果になってしまったりします。

こんな感じで良くないとわかっていてもコントロールが効かず出てきてしまう「怒り」。

私も以前は仕事なんかで毎日のように怒り、時に周りにも当たり散らしていたことがありましたが、内モンゴルに住みそこで出会った仏教の教えを読んでからはその感情は極端に減りました。

以下がその教えの訳文です。

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怒ること、それはこの世で最もくだらないこと、
怒ること、それは人間が最もするべきではないこと、
怒ること、それは一種の愚行である。

怒りは人の代わりに自分を罰し
人の間違いを肩代わりする。
自分は怒りで体を悪くし、人は得意になる
体の調子を崩しても誰もかまってはくれない。

怒ることは一種のマイナス感情
一人で怒っているときは何を見ても気に食わない
何をしても情熱が湧かない
生活に影響し、仕事の邪魔にもなる、
百害あって一利なし。

怒りは自分を落ち込ませる、
飯を食ってもうまくないし、睡眠の質も悪くなる
傷つくのは自分。

怒ることは自分の心を煩わせる、
話もしたくならないし、何もする気が起きない、
そしてさらに機嫌が悪くなる。

怒ることは本当に愚かだ、
怒りは自分を成長させない、
怒りは自分を憂鬱にさせる
あなたが怒れば、怒らせた人が得意になり、
あなたが怒れば、あなたを思う人が心配する。

怒ることは一種の毒、
それはあなたの体を壊し
それはあなたの心に影響し、
それはあなたを暴力的にさせ、
それはあなたをどうしようもなくさせる。

怒り続ければ、
あなたの健康はなくなる、
あなたの笑顔もなくなる
あなたの幸福もそこまで
あなたの楽しみが遠ざかる
全ての幸運がなくなり、
災いや悩みがやってくる。

怒ることは本当に愚かだ
怒って体を悪くする価値はあるのか、
無茶苦茶にあたり散らかして耐えられるか、
終わってみればどうでも良いことに怒り、
重要でない他人に怒る、
自分で面倒ごとを作り、
他人を得意げにさせる、
これは愚か者かバカしかしでかさない事だ。

だから怒るな、
何があっても、どんな奴にあっても、
軽々と怒るな。

大声でわめけば、あなたの人間としてのレベルを引き下げ
大声で叫べば、あなたの印象を悪くする

問題が起きても話し合いで解決できる
冷静に、心を広く

愚か者、もう怒るな
体は自分のもの、心は自分のもの、
怒り狂っても誰も替わってはくれない、
辛くても誰も構ってはくれない。
大したことのない奴に怒るのは価値がない、
小さなことに怒っても、得はしない。
そんなに怒って心が晴れないよりは、
微笑みのなかで楽しく過ごそうではないか。

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読んでみて的を得ているなって思う人も多かったと思いますが、中には気付かされた人もいたのではないでしょうか。

私もこれを読んで私は「怒り」というものに対する認識が変わりました。

以前は怒ることで僅かでも気分が晴れたり、周りの人が言うことを聞いてくれるようになると思っていたのです。

でもそれは大きな間違いでした。

確かに怒り終わった直後は自分の思うようにことが運ぶかもしれません。

しかし長い目で見てみると、そのようなプラス(に見える)要素なんて全く残っていないんです。

これはタバコに良く似ています。

吸った直後は気持ちがスッキリしやる気が出ることでしょうが。タバコを吸うことで健康を害してしまったり他人にも迷惑をかけてしまいますよね。

そして吸い続ければ肺がんといった重い病気のリスクが高くなり、自分に一番の害が来ることになります。

こんな感じで「怒る」という感情は最終的には誰にとってもマイナスであるとしか考えれませんし、最終的に損をするのは自分です。

怒りという感情をコントロールするためにもこの文を忘れないでおこうと思います。

内モンゴルの草原からでした。

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